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RAのtane 2 【自宅取得志向は陰謀である】

連載記事 2020.01.10

「令和元年11月12日経済レポート2761号」に掲載されました。

 

第一に、「マイホームの取得」についての誤りを解き明かして参ります。        
早く知りたい方は「RA投資の波にのれ」福田功・ 黒木貞彦著 中央経済社を書店でお買い求め下さい。

①戦前は賃貸住宅が4分の3
1931(昭和6)年に東京市社会局の行った「東京市住宅調査」では借家率は70・5%、翌1932(昭和7)年の「東京都府5都市における家屋賃貸事情調査」(東京市近接54か町村)では借家率は75・8%。1941(昭和16)年の「大都市住宅調査」では75%。欧米と同程度と記述されています(「持ち家病という病」井上明義著 PHP研究所)。
つまり、住宅の4分の3が賃貸住宅という状況なのです。 

②終戦後に始まった「持ち家病」
1945(昭和20)年、戦いが終わり、焼け野原になって420万戸の住宅不足でした。前述書では1950(昭和25)年頃が「持ち家病」の発症期と述べておられます。「持ち家病」とは、「家を建てたら一人前」という自宅取得志向のことです。意外に最近のことで筆者も驚きました。
その後は、上の表のとおり、景気対策として住宅の新築優遇政策が始まり、現在までも延々と優遇政策を続けています。長期展望のない、住宅市場の動向を無視した間違った政策なのです。
その間、土地バブルと共に土地神話が起き、賃金が上昇したため、住宅ローンの負担が相対的に減少し、「自宅取得ブームが到来」しました。
そして現在、住宅市場は無残な姿になっています。都市中心部が空洞化し、シャッター通りが出現し、猫もシャクシも自宅を建てて郊外に沢山の家が建ち並んでいます。そして空き家が846万戸も生じました。
折しも人口減少・長寿社会を迎え、郊外の自宅は負動産に変わりました。

③コンパクトシティー化が進む
「居住誘導区域」が定められ、人口が再び都市に回帰してきます。郊外に分散した人達が都市中心に集中してきます。都市中心では、戦前のように賃貸住宅が多数になってきます。共同住宅のアパートや賃貸マンションは廃棄処分され、RA(戸建貸家)が賃貸住宅の主流になります。